小学生の算数は苦手だった僕が中学生の数学から得意になった数学講師の話

坂田先生
今回は、算数が苦手だった僕(現役の数学講師)の話をしようと思います。
にゃんこ
勉強が苦手だと感じている子に、この先生が実際に話しているという、大事な考え方の話を後半でしています。
僕は、小学生の頃、算数が苦手でした。

というのも、算数の筆算が面倒だったんですね。

計算ミスもしますし、なんと言っても、小学生の高学年になると、割合の問題など、結構難しいと感じていました。

これは、今の僕から見ても、

坂田先生
『やっぱり小学5,6年生の算数の文章問題は難しいよなあ』
と感じます。

中学生になってからは、方程式というものを学びますので、そこからは情報を整理して、それを眺めながら考えるという別の力が必要になります。

なので、僕が小学生の算数は苦手でしたが、中学校の数学からは得意になりました。

計算ミスなどで満点を取れなくて悔しい思いをしたほどです。

今となっては珍しい、集団型の授業に通っていました。

友達が通っているから、なんとなく行ってみようかな、というのが理由です。

そこでは英語と数学を学習していました。

中学数学が得意だったのに対し、中学英語はからっきりできませんでした。

平均点はもちろんのこと、中3の頃などは、30点あたりを取ることもしばしばありました。

それでも高校の後半から勉強を頑張って、同志社大学に合格できるだけの英語力は身に付けることができました。

小学生の算数が苦手だったのが中学数学では得意になった理由は、自分で自分の自信を落ち込ませなかったのが理由だと思います。

これまでたくさんの生徒さんを見させてもらった経験上、これは本当に思うことなのですが、数学が得意になるほどのポテンシャルを持っている子、と数学の点数とはまったく関係がありません。

頭が悪いのではなく、単純に勉強時間をとっていない子がほんとうにゴロゴロいらっしゃるのです。

理由は、勉強が嫌なものになっている、というただそれだけです。

あるいは、自分に自信がない、かのどちらかです。

ハッキリ申しますが、小学校から高校までで学習する数学は『考える力で点を取る』ものではありません。

もちろん、あたまの回転が速い子はそれだけ有利ではありますが、単純に『暗記して、それを使いこなす練習をしたかどうか』という、もうそれだけです。

学習障害などの場合をのぞき、たかだか学校で学習する勉強内容に、しかも平均点を取ることを考えたときに、『頭が悪いからできません』というのはちょっと考えてほしいなあと思います。

例えば、バレー部の部員で、一週間に1時間も練習していない子がいるとします。

その子が「私って、才能ないなあ」と落ち込んでいて、自分を責めていて、泣く日もあったとしたら、どう思いますでしょうか。

坂田先生
僕がバレー部員だったら、「バレーをなめてんのか?」と思います。

いや、単純に練習してないだけだから、自分を責めないで、せめて明るく暮らせよ。と思います。

(算数や数学などに限らず)勉強でも、これとまったく同じようなパターンで自信をなくしている子がいます。

この例え話だと理解はできても、勉強の場合となると「おかしなことをしているなあ」と自分で気が付く子がほとんどいません。

なので、僕の生徒さんで、自信をなくしているような子がいたら、全員こんな話をしています。

自分で自分を責めている場合や、自信がない場合、エネルギーがないので、勉強するのにものすごくパワーが必要になってしまうからです。

勉強というものが、なにか自分の価値観に関わることのように感じてしまって、しかも自分は勉強ができない、とうイメージがあると、取り組むハードルが大きくなってしまいます。

そもそも勉強という言葉のニュアンスがよろしくないですね。

暗記我慢ゲーム、ぐらいにとらえて、自分の価値観にかかわらない、もっと軽いものだととらえられると楽になるでしょう。

このページをお読みいただいた方や、あるいはそのお子さんには、せめて「根拠なく自信をなくす」という愚かなことだけはしないでもらいたいなあ、と思います。

話は少し脱線しましたが、小学生の頃は算数が苦手だった僕が、今はこうして数学講師をしているほど中学数学から得意になったよ、という話でした。